ユヴァル・ノア・ハラリ氏の著作について 2019/09/07
「サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福」
本書は、類人猿から派生したころからの人類の歴史について書かれています。本書は、人類の歴史に大きな影響を及ぼした三つの革命、認知革命、農業革命、科学革命を主軸にして議論が展開してきます。
歴史の本と聞くと、歴史の教科書のように、歴史的事実を単純に、もしくは詳細に追うようなものを想像するかと思いますが、本書は全く異なる様相を呈しています。本書は人類という種が、自分たちが思うように、他の動物とは違う選ばれし特別な存在なのかという問いの投げかけから始まります。
本書は、我々「人類」がどういうものなのかを考えるための本であるといえます。
多くの人は、幸せになることを願います。そのために、ビジネスの成功や理想の達成を望みます。しかし、本当の幸せとはなんなのでしょうか。ビジネスの成功の果てには何かが待っているのでしょうか。掲げた理想とは本当に意味のあるものなのでしょうか。
それらの疑問を探求していこうとすれば、なによりも自分自身について知ることが重要になってくるのではないでしょうか。
そのための導き手として、この本に右にでるものはないと断言できます。
自らが属する種族の行く末、また自分自身の行く末を考える上では、必ず読まなければならない本と言えます。
「汝、自身を知れ」
「ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来」
「サピエンス全史」が、これまでの人類の歩み、つまり、「過去」を論じたのに対して、本作は人類の未来について論じています。
タイトルの「ホモデウス」とは、ホモ=人類、デウス=神を意味し、本書が、現世人類が自らをアップデートし、神への進化を望むであろうという未来予測の中で話が展開していくことを表しています。
本書も「サピエンス全史」と同様に、示唆に富んでおり、この本を読むことで得られるものは測り知れません。
本書ほど「知は力」ということを実感させてくれる書籍は他にないのではないでしょうか。
そのような本書で示される「知」は、文脈の中にあって初めて読者の理解を促進し、実のあるものとなると考えますが、あえてその力の一端を示すとするならば、「現実」について論じた箇所がふさわしいため、紹介します。
本書で、著者は、現実とは三つのレベルがあると論じています。一つは「客観的現実」。これは、重力や物質など我々が信じているかどうかにかかくわらず存在するものです。二つ目が「主観的現実」。これは、痛みなどの個人が何を信じるかやどう感じるかに左右されるものです。例えば、頭痛を感じたため、医者に行って原因を調べてもらったものの、まったく原因がわからない、もしくは原因などないと診断されてしまうとします。しかし、この場合でも本人にとって痛みは痛みで、現に存在しています。これが「客観的現実」です。
多くの人は、現実はこの二種類しかないと考えています。自分が主観的に感じているものでなければ、それは客観的なものでしかないだろうという結論に至ります。神や貨幣などは主観的に信じているものではないのだから客観的なものだろうと考えるのです。
しかし、第三のレベル「共同主観的現実」というものがあるのです。これは、個の主観ではなく、大勢の人の間のコミュニケーションによって生じるものです。神や貨幣はこのレベルに属するものなのです。
このような考え方を知る前と後では、世界への理解度が全く異なります。明らかに視野が広がっているのです。
このような「知」が本書では随所に存在します。それを手にする機会を逃す理由はないはずです。
「21Lessons 21世紀の人類のための21の思考」
サピエンス全史が「過去」について、ホモデウスが「未来」について論じられた本であるのに対して、本書は「現在」に焦点を当てて書いたと述べられています。
本書は、不確実性が増し、混沌とした世界で生きる我々現代人に対して、21の項目に分けて、問題の提示とそれに対する姿勢はどういったものかを考えることの糸口を提供してくれます。
一方、本書は、現在の世界に対してどのような視点でとらえ、どのように行動すればよいのかという示唆を与えてはくれるものの、提示した問題に対して明白な結論を出す場面はあまりありません。
これは、「世界というものは複雑なものであり、簡単に出せる答えや絶対的な正解などない。今を生きる我々みんなが考え、議論を重ね、選択していくしかない」ということを示しているのではないでしょうか。
本書はまさしく、全人類の必読書といえます。
<上記とは別に、コロナ禍の社会についても論じた記事が出されました。>