AIを考え始める。

 

AIは人工知能(Artificial intelligence)を意味します。

 

知能とは何かということに関して、統一的な答えを有していないことに加えて、そのようなものを実現するためのアプローチも様々であるため、AIの厳格な定義はまだありません。

 

ここでは、AIの意味するところをできるだけ広く捉え、「なにかしらの知能を有していなければできなさそうなことを実行することができる人工物」として考えます。

 

AIは、高度な科学技術であることに加えて、様々なSFによって誇大に描かれているため、それがどのようなことができるのか、どのような影響を社会や人々に与えるのか、多くの人が具体的なことをしらないか、誤解しています。

 

ターミネーターやマトリックスなどのSF作品によってAIが描かれたことで広まった誤解の一つに、「AIは、それが高度に進化した暁には、人を滅ぼすために全面戦争を仕掛けることとなる」というものがあります。

 

この可能性に関しては、あまり心配する必要はなさそうです。

 

なぜならば、AIは自意識を持たないからです。

 

AIの仕組みを考えれば、自ら人間を滅ぼしたいという欲求を持つというのはまずありそうには思えません。

 

もし、AIやロボットが人間を滅ぼそうとするならば、それは人間の命令によるものでしょう。

 

我々がAIについて本当に危惧しなければいけないことはほかにあります。

 

それは、AIの所有者による搾取と、存在意義の消失です。

 

AIによって、人々の職が奪われてしまうかもしれないという危険性です。

 

科学技術の発展で、これまで様々な種類のものや仕事が機械化し、自動化してきました。

 

産業革命で、蒸気機関が発明され、それに続き電気を原動力に動く機会が生み出され、馬は自動車に、工場労働員は工場機械に代替されました。

 

おそらく、この時にも、機械化が人々の職を奪われるという危惧は、多くの人がもっていたと想像できます。

 

機械化によって、皆が失業者になると。

 

しかし、実際はそうはなりませんでした。

 

機械化にともない新たな職が生まれたからです。

 

工場労働員は、スーパーのレジ係や、自動車の整備士や設計士、新たな商品のマーケターなどです。

 

AIによって職が失われるという話は、長年語られています。

 

それに対して、AIの擁護者は上記の例を引き合いに出し、失われた職業の分だけ新たな職が生まれるのだから、そのようなことを恐れる必要はないと主張します。

 

それに加えて、もし、労働がすべてAIやロボットにとって代わられたとしても、欲求の源泉たる人間のみが市場の買い手として、需要を生み出す存在であり、その地位が脅かされることはない。

 

そして、その広範な欲求を満たすことができる新種の商品を生み出すのも人間にしかできないと主張する場合もあります。

 

確かに、その可能性は否定できません。

 

しかし、歴史が毎回繰り返されることを保証するものはありません。

 

AIによる労働の代替が、前回とは違う結果を生むと考える理由はいくつかあります。

 

一つめに、奪われる仕事の種類が違うということです。

 

産業革命時に機械にとって代われたのは、主に肉体労働に関することでした。

 

それに対して、AIは、人の知的な労働を代替しようと開発が進められています。

 

肉体労働と知的労働以外にどのような種類の労働があるでしょうか。

 

その二つの職場から放り出されたらどこに行き場があるでしょうか。

 

二つめに、AIの進歩が急速であるということが言えます。

 

新たな職が生み出されるのにどれほど時間がかかるか定かではありませんが、その職において、人がAIを凌ぐ能力を有するほど習熟するには、相当の期間が必要となります。

 

例えば、車の設計をロボットが行うようになった場合に、「車の設計者」は、今度は「車を設計するAIの設計者」になる場合を想定します。

 

車の設計者が、AIを設計する仕事の十分な能力を身に着けるまでには、やはりそれなりに時間がかかります。

 

その間、収入を得ることができないかもしれませんし、人が習熟する時間より早く、AIがその分野に進出してしまうかもしれません。

 

仮に一部の人が、とても早く新たな技能を身に着けられるとしても、AIに職を追われた大量の人がそれをできるとは考えにくいです。

 

三つ目に、人間は市場の買い手としては、必ずしも必要ないかもしれないという点です。

 

市場経済自体は、必ずしも何かを欲しいとか何かをしたいなどの人間の欲望がなければ取引がおこなわれない、というわけではありません。

 

「買う必要性」と「売る能力」があれば事足ります。

 

例えば、現在においても債券市場はAIによる売買が非常に多く行われています。

 

将来的にこうした市場が支配的となる可能性はあります。

 

このような取引の利益は、一握りのAIの所有者に帰することとなのではないでしょうか。

 

あらたな職を生み出す原動力として、新たな需要が必要となりますが、お金がなければ需要を作ることはできません。

 

大衆にお金が回らなければ、だれが新たな需要を生み出すのでしょうか。

 

一部の大富豪が、人々のためにそのような役割を引き受けたがるか、その能力を持っているかはおよそ定かではありません。

 

かなり悲観的に考えているとは言え、これらのことを考えると、AIが普及した未来を単純に楽観視することはできません

 

しかし、AIの開発の流れを止めることはおそらくできません。

 

世界の力を持つ存在(政府、大企業、大富豪)がAIの進歩を望んでいるからです。

 

 そのような中で必要なのは、AIの未来を楽観視することでも、絶望することでもありません。

 

   大切なことは、AIというものを真の姿を具体的にとらえようと努力し、AIの発展が止められないならば、その影響から人間の存在意義を守るにはどうしたらよいのか考えることです。

 

 そのための時間が必要ならば、意図的に遅らせるよう、世界に働きかけることです。

 

 また、AIによる影響は悪いものばかりでなく、よい側面も無数にあります。

 

みんなで考えれば、AIの正の側面を輝かせる方法も思いつくはずです。

 

 ともに学び、ともに考え、ともに行動しましょう。

 

  

【tips】

  • AIによって、人々の存在意義が消失する可能性がある。

     

  • そのような可能性に対処するためにも、皆でAIについて学び、考え、行動する必要がある。

     

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